SaaSビジネスは、大量の商談・契約管理と複雑なKPI計算を必要とする特性を持っています。これらの要件に対応するため、システムを活用した体系的かつ効率的な管理基盤の構築が不可欠となっています。
弊社はこれまで多くのSaaS企業様へのSalesforce導入支援を手がけてまいりました。本稿では、その実績とノウハウを活かした実践的なアプローチとして、以下の流れをご紹介します:
- 柔軟な分析を目的とした、SalesforceとSnowflakeとのシステム連携
- Salesforceによる商談および契約の管理手法
- データウェアハウスのSnowflakeを活用したSaaS事業のKPI・メトリクスの算出
- Tableauを用いたKPI・メトリクスの可視化
このような工夫を行うことにより、SaaS事業における重要指標の効果的な管理・分析も可能となります。
1. SaaSのKPI・メトリクスを計測するためのシステム構成
SaaS企業において、製品ごとのユーザー数やライセンス数の変動を正確に追跡し、その変化がもたらす収益への影響を把握することは非常に重要です。しかし、多くの企業ではこのような管理を正確に行うことに苦心しています。例えば、ある製品のユーザー数が増加しても、他の製品で減少が発生していれば、企業全体としての成長は鈍化してしまいます。このような複雑な状況を適切に管理するため、多くのSaaS企業では以下のようなKPI・メトリクスを活用しています:
- MRR(Monthly Recurring Revenue):サブスクリプションによる月額売上
- Customer ChurnとRevenue Churn:解約顧客数と解約による売上減少額
- NRR(Net Revenue Retention):既存顧客からのMRR成長率
- MRRの増減要因分析:新規獲得、アップセル、ダウンセル、解約の内訳
これらの指標を適切に管理することで、売上の健全な成長と解約防止の効果を正確に把握することが可能となります。
しかしながら、膨大な数の契約データに対し、これらの詳細な情報をすべて手動でSalesforceに入力することは、運用面で現実的ではありません。そのため、高度なシステム連携による自動化が必要となります。本稿では、Salesforce、Snowflake、Tableauを活用した効率的な管理手法について解説していきます。
【システムの役割分担】
本システム構成では、Salesforce、Snowflake、Tableauの3つのシステムを連携させ、それぞれの特性を活かした役割分担を行っています。
- Salesforce:日々の営業活動や契約管理のシステムとして機能します。ユーザーは通常の業務データを入力するのみで、KPI・メトリクスの計算は不要です。
- Snowflake:Salesforceから連携されたデータを基に、KPI・メトリクスの計算を自動で行います。この自動化により、ユーザーの管理工数を大幅に削減します。
- Tableau:算出されたKPI・メトリクスのデータを直感的に理解できる形で可視化します。
【アップセル・ダウンセル判定に対するアプローチ】
MRRの増減に関する分析において、ユーザー側の入力負荷を軽減するため、Salesforceには売上金額の増減のみを記録し、Snowflake側で自動判定を行う方式を採用しています。
もちろん扱う商材にもよりますが、アップセルやダウンセルを商談レコードの種別としての登録するお客様で取り扱いに課題を感じてらっしゃる企業様も複数おりました。
例えば、顧客企業でユーザー数が増加した場合のアップセルとして捉えるべきケースです。この変更が通常の契約更新のタイミングと重なった場合、営業担当者が「リニューアル」として記録してしまい、アップセルとして適切に把握できないという事例が頻発していました。
このようなデータの正確性の欠如は分析上の重大な問題となり、分析結果の信頼性を損なうことで、実務での活用が困難となっていました。
これらの課題に対応するため、本システムでは以下のような自動判定アプローチを採用しています:
- Salesforce側では純粋な取引データのみを記録
- Snowflake側で前月比での売上増減を自動計算
- 売上増加の場合はアップセル、減少の場合はダウンセルとして自動判定
- 今月の売上が0円で、先月に売上が発生していた場合を解約(Churn)として自動判定
この方式により、Salesforceへの入力方法に影響を受けづらい形で、正確なアップセル・ダウンセルの把握が可能となりました。結果として、入力負荷の軽減とデータ信頼性の向上の両方を実現しています。
2. SaaSビジネスを的確に管理するSalesforceのオブジェクト構成
SaaSビジネスを適切に管理するためには、Salesforce上で適切なオブジェクト構成を設計する必要があります。特に、複数製品を展開している環境では、製品ごとの価格体系や、ユーザー数に応じた段階的な価格設定など、複雑な要素を正確に管理することが求められます。
今回そのオブジェクト構成の構成の一例のご紹介をいたします。
①商品管理
商品オブジェクトを使用して、経費管理、支払管理、請求書管理などの各製品をサブスクリプション商品として管理します。各製品に対して、価格表と価格表エントリなどにより金額設定を行います。
②商談管理
商談オブジェクトを使用して、新規契約、契約更新、追加契約などの商談プロセスを管理します。中間オブジェクトの商談商品オブジェクトにより商品構成を管理し、複数商材(経費管理、支払管理、請求書管理など)の一括提案・受注の場合の管理を行います。
③受注以降の契約管理
新規商談の受注時に、契約レコードを自動生成します。契約更新時は契約終了日の延長による単一レコードでの運用を行い、商談(プロセス管理)と契約(データ管理)を分離して管理します。また、商談商品レコードから契約商品レコードを自動生成する仕組みを採用しています。
④売上管理
契約商品の子供のオブジェクトとして月毎の売上を管理するオブジェクトを作成して管理します。月次の金額の増減を記録します。
3. SaaSビジネスで頻出されるKPI・メトリクス
ここでは、本ダッシュボードで可視化している、SaaSビジネスにおける重要なKPIとメトリクスについてご紹介します。これらの指標を正確に把握することで、SaaS事業の健全性を評価し、適切な事業運営を行うことが可能となります。
MRR : 基本的な収益指標の管理
MRR(Monthly Recurring Revenue:月次経常収益)は、サブスクリプションビジネスの基本となる指標です。初期コンサルティングなどの一時的な売上を除いた、継続的な契約による売上のみを対象とします。これにより、売上総額だけでなく、事業の根幹となるサブスクリプションサービスの成長を正確に把握することが可能となります。
今回の例では、商品ファミリーが”サブスクリプション”に分類される商品からの売上を集計することで、MRRを計測します。
MRRの内訳分析による事業状態の可視化
SaaS事業では、ユーザーの継続的な利用と、継続ユーザーの利用拡大による売上成長が理想的な成長モデルとなります。
しかし、MRRの総額のみの管理では、その内訳が不明確になります。例えば、解約(Churn)が多発していても、新規契約のMRRにより相殺されてしまうと、その問題が適切に可視化されません。
このため、MRRを以下の4つの要素に分解して分析し、その合計をNet New MRRとして可視化することが多くあります:
- 新規顧客獲得(New MRR)
- 既存顧客のユーザー数増加(Expansion MRR)
- ユーザー数減少(Contraction MRR)
- 解約(Churn MRR)
この分解により、”継続ユーザーの利用拡大による売上成長”という本来の目的に対する達成状況を正確に把握することが可能となります。
具体例として、以下のような月次変動のケースを考えてみましょう:
- 新規顧客A社:経費管理製品を100ユーザーで導入(New MRR)
- 既存顧客B社:従業員増加に伴い、支払管理製品のユーザーを50名追加(Expansion MRR)
- 既存顧客C社:組織改編により、請求書管理製品のユーザーを30名削減(Contraction MRR)
- 既存顧客D社:経費管理製品を解約(Churn MRR)
このような変動の内訳を製品別、顧客セグメント別に分析するには、このようなアプローチが有効になります。
NRR(Net Revenue Retention): 継続率と成長性の評価
既存顧客からのMRRがどれだけ伸びているかを成長率で計算した指標がNRR(Net Revenue Retention)です。年単位でのNRRは以下の計算式で算出されます:
NRR = 既存顧客の現在のMRR / 昨年同月のMRR × 100(%)
ここで重要なポイントは、分子となる「既存顧客の現在のMRR」の定義です。これは昨年同月時点で既に契約していた顧客のMRRのみを集計します。NRRは継続性の観点でMRRの成長を測る指標であるため、昨年同月以降に獲得した新規顧客のMRRは除外して計算します。
Churn : 解約分析の重要性
SaaS事業において非常に重要な指標であるChurn(解約)についてですが、事業の継続性の観点から、Churnは低い方が望ましく、そのため以下の複数の指標を用いて総合的に計測・監視することが多いです:
- Customer Churn:解約顧客数(当月に解約した顧客の総数)
- Customer Churn Rate:解約率(全顧客数に対する解約顧客数の割合)
- Revenue Churn:解約による売上減少額(解約顧客によって失われたMRRの総額)
- Revenue Churn Rate:売上解約率(総MRRに対する解約MRRの割合)
本分析では、契約商品単位で前月MRRが存在し、当月MRRが存在しないものをChurnとして自動判定し、各指標を算出します。
4. SaaS KPIダッシュボードの構成について
ここまで解説したシステム構成とSaaS事業のKPI・メトリクスについて、Tableauを用いた効果的な可視化方法を説明します。
セグメント分析のための画面構成
Tableauが持つ探索的分析の特長を活かし、全体像から詳細へと段階的に分析を深められる画面構成を採用しています。例えば「Enterpriseセグメントの売上規模が大きい」という気づきから、「Enterpriseセグメントに絞った詳細分析」へとスムーズに移行できる導線を設計しています。
本ダッシュボードでは、以下の主要セグメントによるフィルタリングを実装しています:
- 企業規模(Enterprise/Mid Market/SMB)
- 製品カテゴリ(経費管理/支払管理/請求書管理)
この柔軟な絞り込み機能により、Salesforceの標準ダッシュボードなどでは難しかった多角的な分析が可能となります。
画面上部:重要指標の一覧表示
ダッシュボード上部には、事業の現状を即座に把握できるよう、重要なKPIを大きく表示しています。これにより、意思決定者が必要な情報に迅速にアクセスできる設計としています。
画面中段:MRR推移の詳細表示
画面中段では、MRRの時系列推移を以下の要素を含めて詳細に表示しています:
- New MRR(新規獲得)
- Expansion MRR(既存顧客の利用拡大)
- Contraction MRR(既存顧客の利用縮小)
- Churn MRR(解約による減少)
特に、同一時系列グラフ内にこれらの要素を重ねて表示することで、Contraction MRRやChurn MRRといったネガティブな指標も明確に可視化し、課題の早期発見を可能としています。
画面下段:Churnの詳細表示
事業指標の特性を考慮し、全社的な指標であるMRRと、主にカスタマーサクセス(CS)チームが注視するChurn指標を、画面上で明確に区分して配置しています。
まとめ
本稿では、SalesforceとSnowflake、Tableauを組み合わせたSaaS KPIダッシュボードの構築について解説いたしました。
この構成の特長として、Tableauの高度な可視化機能を最大限に活用しつつ、SalesforceとSnowflakeの役割分担による柔軟な設計を実現しています。
特に、SaaS事業の特徴である「従業員数やビジネスステージの急速な変化」と「KPI・メトリクスの複雑な計算要件」に対応するため、データの登録側であるSalesforceから、分析(Snowflake)を分離した設計を採用しています。これにより、将来的な要件変更や機能拡張にも柔軟に対応できる拡張性の高いシステムになっていると考えています。
本ソリューションについて、より詳しい情報をご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。